……なんだこの状況は。 教室に入った数秒後、俺はまず狂った眼球を治療するために瞬きを数回、高速で 行い、次に頬をつねって夢である可能性を排除し、最後に問題となっている席が 本当に俺の物なのかどうか確認した後、やっと現状を認めるに至った。 とりあえず説明をしよう。朝っぱらからえっちらおっちらと坂を上って登校して きた俺の目線の先では、色とりどりの包装紙に包まれた大量のカカオ菓子が、今 にも雪崩を起こしそうな勢いで机の上に山積みされていた。 もう一度言おう。なんだこの状況は。 俺は学校にまでチョコレートを持ち込むような甘党ではなく、そんな甘ったるい 茶色の物体が学校にはびこる日にちと言えば一つしかあり得ないわけで、言うま でもなくそれは二月十四日………………すなわち今日、バレンタイン氏の命日で ある。 『チョコandチョコレート』 「……どうしたもんかねこれは」 バレンタインデーに大量のチョコをもらう、なんて妄想は健全な高校生ならだれ でもするもので、俺もついさっきまではそういった非現実性あふれる思考を巡ら せていたのだが、実際にその状況に陥って見るともはや途方に暮れるのみである 。 机の中までぎっしりとその甘ったるいカカオと砂糖その他諸々の固まりは詰まっ ていて、まさに過ぎたるは及ばざるが如し、である。 「……やれやれ………」 何故俺の机がこんな有様になっているか、ということにはいささか以上に興味が あるが、それより先にまずこれをどう処理するかが最大の問題である。 いくつかを除いて廃棄処分にする、という至極簡単な方法もあるにはあるが、や はりバレンタインデーにもらったチョコという物にはそれ相応の付加価値がつく もので、未だかつてこんな量のチョコをもらうなんて事はは天が裂けても経験し ていない俺にとっては、まさに一つ一つが金塊と同等の価値を示していて、やは りそんな暴挙は犯したくないというのが本音である。 ならば結局食すしかないわけで。 「………何日かかるんだ、これ………」 他の男子から強烈な負のオーラを浴びせられつつもため息を付いてしまったのは 不可抗力のはずだ。 ======================================================================== 昼休み。俺はまず弁当をピンク色の丸い生命体もびっくりの早さで平らげ、次に とりあえず鞄に詰め込んだ大量のチョコに手を付けた。 ちなみに鞄に入りきらなかった分は、全て文芸部室の長机の上に運び込んである 。ざっと見たところ、鞄の容量の五倍くらいの量だ。 「………甘ぇ………」 そして今。俺は気分的に弁当をさらに三個ほどくったような精神状況に陥ってい る。 死にそうだ。何かが生まれそうだ…………… 「………………甘ぇ……」 口から出る言葉と言えば、ただひたすらに「甘い」。それしか言うべき言葉が見 つからなかった。 おいこら谷口、そんな目でこっちを見るな。 「………ちょっとキョン……」 ……………いかん。あえて見ないようにしてきた修羅のようなオーラが、背中の 方で渦巻いてるのがわかる。 今にも「僕の名前はクリア」とか言い出しそうなどす黒い渦が 「あんた………ちょっとこっち来なさい……」 やめろ。ネクタイを握力だけで引きちぎるのはやめろ。繊維がぶちぶちいってる ぞ。 「………いいから来るっっ!!!」 「ば、バカお前、首、首がぁぁ!?」 呼吸器官が圧迫され、気道の確保が困難になる。 マジで勘弁してくれ。 俺は段々と霞んでいく笑うみんなを、もう一度抱き締められるのかどうか、本 気で不安になってきていた。